もの書きのてびき聞く

モモコグミカンパニー(BiSH)インタビュー「歌詞から小説へ、横断するように書くこと」前編

あの人に聞いてみたい、「書く」ことの話。今回お迎えするのは、“楽器を持たないパンクバンド”BiSHとして活動されるモモコグミカンパニーさんです。これまで手がけてきた作詞やエッセイのこと、3月に出版される初の長編小説『御伽の国のみくる』のこと、楽曲にとどまらず多領域に渡って言葉と向き合うことについてお伺いしました。

モモコグミカンパニー

“楽器を持たないパンクバンド”BiSHの結成時からのメンバーで最も多くの楽曲で歌詞を手がける。読書や言葉を愛し、独自の価値観、世界観を持つ彼女が書く歌詞は、圧倒的な支持を集め、作詞家としての評価も高い。2018年と2020年のエッセイの発表に続き、今年3月下旬、自身初の小説『御伽の国のみくる』出版予定。

『御伽の国のみくる』書籍情報

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言葉がずっと生活に寄り添ってあった

文章を書き始めたのは、小学4年生くらいからです。ずっと自分のノートがあって、好きな歌詞を書き写したり、日記や詩を書いたりしていました。当時は言っていないだけで、まわりの友達もそれぞれ自分のノートを持っていると思っていたんです。でも、中学、高校、大学と上がっていっても同じような人はいなくて、本当に意外でした。それくらい、自分にとってノートを書くことは生活の一部になっていました。

ただ、授業で書く作文とか、友達との交換ノートとか、そういうものは全然好きじゃなくて。日記や詩も、普段景色を見ていて浮かんでくる言葉を書き写さないともったいないって思って書いていたので、誰かに見せるためではなく、自分の中に湧き出た感情を書くことが好きだったんだと思います。写真家の人がその瞬間の景色を切り取りたいと思うことと似ていて、今しか見えていない景色や感情を残しておきたいっていう、発散作業みたいなものでした。だから本もあまり読んではいなくて、書くということがずっと生活に寄り添ってありました。

音楽を聴くときも、昔から歌詞で曲を選んでいます。BiSHに入ってから、音楽の話をする人がまわりに増えたんですが、歌声や楽器は聞くけど歌詞はあまり聞かないという人が少なくないことは自分にとって衝撃でした。歌詞の意味を知らないのにこの曲を好きとは言えない、洋楽は日本語に訳してからじゃないと好きって言っちゃいけないとずっと思っていたので(笑)。音楽を聴くことは好きなんですけど、曲調よりも歌詞を重視するタイプだと思います。

自分なりの作詞術

BiSHに入って歌詞を書かせてもらえたことは、自分の人生が変わるくらいうれしかったです。ノートに歌詞を書くことはできるけど、たくさんの人に聞いてもらうことはなかなかできないことだと思うので。歌詞を書くことは夢だったし、自分の書いた歌詞を初めてお客さんの前でメンバーと一緒に歌えたライブは、人生のトップ3に入るうれしいできことでしたね。

BiSHの楽曲にはメンバー自身で作詞しているものがあるんですが、全部コンペ方式なんです。デモ音源を聴いて、メンバー全員が書いて、プロデューサーの渡辺(淳之介)さんがその中から選びます。今でこそ「作詞といえばモモコ」と言ってもらえることもありますが、誰の歌詞が採用されるかはいつも平等です。初めて作詞に参加したのは後の『Is this call??』という曲で、その音源に私は昔から書き溜めていたノートにあった詩をあててみたんです。自分としてはめちゃくちゃ良い!と思えるものができて、陶酔しながら送ったんですが(笑)、渡辺さんには「全然だめだ」と言われてしまって。結局他のメンバーの歌詞が採用されて、そのときから自分の書き溜めた言葉を使うことはなるべくやめています。まっさらな気持ちで曲を聴いたときに自分から引き出された言葉を大切にするように書くようになってからは、少しずつ採用される回数も増えていきました。BiSHの作詞は、曲があってこそなんだと思います。

歌詞は、Aメロ・Bメロで情景を書いて、サビで一番言いたいことや感情が湧き出ることを持ってくるようにしています。特に作詞の勉強をしたわけではなく、いつのまにかルール化されていったんですが、私自身Aメロに名詞が入っている曲が好きなんですよね。「ペットボトル」とか何でもいいんですけど、名詞があると見えている景色だけを描写しているような感情抜きの歌詞になって。名詞って人によって見方が変わるじゃないですか。限定されている具体的な言葉ほど余白があると私は思っていて、それが入り口にたくさんある歌詞が好きだし、最初に曲の世界観を構築することができるので自分でも意識するようにしています。

自分の生き様をさらけ出したものを書いて、自分たちで歌うということが、BiSHのバンドらしさなんだと思います。『beautifulさ』という青春パンクのような楽曲に、私は青春感を意識したきれいな歌詞を提出したんですが、採用されたメンバーの歌詞にはAメロから「消えたい 死にたい」と書いてあって、こういうことか!と思いました。私が書いた歌詞は誰が歌ってもいいけど、彼女の歌詞には私たちが歌う意味がある。私たちは決して作詞家ではないから、誰かのために上手に書く必要も、美しく書く必要もなかったんです。

長編小説を書くことは怖かった

今回長編小説を書こうと思ったきっかけのひとつは、BiSHの解散です。小学生の頃からずっと、小説を書くことには興味がありました。書いてみたこともあるんですが、自分で読んでもおもしろくないし、自信が持てませんでした。でも、解散が発表されて、これから何をしていきたいんだろうと考えたときに、言葉という本当に自分の好きなことから逃げないで向き合ってみようと思えるようになってきて、長編小説を書き始めました。これをきっかけに小説が嫌いになるかもしれないし、今書けなかったら一生書けないんだろうなと思うと、手を伸ばすのも本当は怖かったんですけど、解散というタイミングに背中を押されました。

出版社から頼まれたわけではないので、まず自分から河出書房新社さんに中編小説を2本送ってみました。そのうちの1つが今回出版される『御伽の国のみくる』の原型です。ただ、原型といっても、最終的にできあがったものとは違うところがたくさんあります。たとえば、最初は一人称で書いていたんですけど、途中から全て三人称に直したんです。一人称の方が心情は書きやすいんですが、三人称は見えている景色やできごとを俯瞰して書けるので、小説初心者は三人称の方が書きやすいと編集の方に教えてもらいました。他にも、内容の荒い部分や広げた方がいい部分を推敲していって、中編小説を256Pの長編にしていきました。もともとは、メイド喫茶で働く主人公の女の子が接客しているお客さんの一言を思いついて、そこから膨らませていったんですが、その一言は変わることなく作品に残っています。

もちろん物語を考えるのは自分ですが、編集の方の助言をいただけたのはとても助かりました。ここは物語とは関係ない、冗長だから、と自分が良いと思っていた部分がどんどん校正でなくなっていったのは衝撃的でしたが(笑)。ちゃんと商品として成立させるために、自分のエゴが出すぎているところを編集者は察知してくれるんですよね。書くときは思うままに書くけど、最終的には一本の物語としてすっきりさせる。読み手のためにきちんと物語を書くことを経験できたのは、今回の一番の学びです。

生活と小説の境目がなくなる

一番大変だったのは、生活が飲み込まれてしまうほど書くことにのめり込んでしまったことです。マラソンのように毎日毎日小説に向き合っていたんですが、そのうち睡眠とか、食事とか、人付き合いとか、小説以外のことが本当にどうでもよくなってしまって。歌詞やエッセイを書くときはこんなことにはならないんですけど、小説っていろんな登場人物に感情移入できるじゃないですか。その全員が自分から出てきた人で、書いていると内面のいろんな部分が引き出されすぎてしまって、普段の自分が支配されていく感覚でした。

初めての長編小説で、何もわからないまま始めてしまったのが大きいと思います。私はただただ頭から書き進めていたんですが、編集の方に聞いたら普通はそんな書き方をしないみたいで。専業作家の方はちゃんとプロットや構成を考えてから建設的に書かれるんですが、その手順を知らなかったので、生活と小説の境目がなくなるような大変な書き方になってしまったんだと思います。でも、本当に大変すぎて楽しかったです。貴重な体験ができたし、踏み込んでよかったなと思っています。

人にとって必要な別世界

小説はどこまでも自由なところがおもしろかったです。歌詞は楽曲という制限があるからこそ書きやすいんですが、デモ音源にあわせた語呂や言葉選びをしています。エッセイは比較的自由だと思っていたんですが、あくまでも現実の自分として書いているので、そこにも制限がある。自分をどこまでさらけ出していいのか、誰とのできごとを書くか、無意識のうちに自分の存在が邪魔をしていました。でも、小説は誰もこの世に存在していないから、私が想像する限り何を書いてもいい。そこが本当に楽しかったです。思っていることも、思っていないことも書ける。自分でゼロから生み出す感じが、海のように自由だなと思いました。

今回、小説を書いたことで、小説がもっと好きになりました。一冊を作る大変さを実感したからこそ、この一冊がいかに貴重で、独特で、奥深い世界を表現するものなのかに、気づけたように思います。小説を読む人は減っているかもしれないですが、小説というジャンルは絶対に廃れないという確信も持ちました。生きる上では必要ないけど、別世界を提供されることは人にとって必要なものだからです。

小説を書いている息抜きで、小説を書くことを題材にしたエッセイを書いていました。それくらい、私は歌詞もエッセイも小説も同じくらい好きです。小説の気分転換にエッセイを書いたり、エッセイを書くことに疲れたら歌詞を書いて言葉選びの楽しさを思い出したり、そうやって書き分けながら楽しんでいけたらいいなと思います。

モモコグミカンパニーさんのお話はまだまだ続きます。さらなる小説の裏側から、普段の執筆ツール、ライブ前に密かに書いているもの、stoneを使ってみた感想まで、書くことの裏側を辿る後半は4月中旬公開予定です。ぜひお楽しみに。

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