もの書きのてびき聞く

幡野広志インタビュー「伝えるために、書き続ける」

あの人に聞いてみたい、「書く」ことの話。今回お迎えするのは、昨年末にがんであることを公表された写真家の幡野広志さん。幡野さんが感じた写真と文章の共通点や、ご自身のがんにまつわる体験を書くことへの想いについて伺いました。

Interview, Text:髙久 麻里 / Photo:岡庭 璃子

幡野広志

1983年、東京生まれ。2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年、独立し結婚する。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。2016年に長男が誕生。
2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。著書『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)。2018年11月2日(金)〜11月15日(木)ソニーイメージングギャラリー銀座にて幡野広志写真展「優しい写真」が開催。

幡野広志写真展「優しい写真」

Twitter@hatanohiroshi

note@hatanohiroshi

書けずに仮病を使ってしまうことも

僕は、パソコンでいきなり文章を書けないんです。まずは紙に手書きをしているんですが、そのときに主に2つのツールを使い分けています。ひとつはツバメノート。原稿を書く前に思い浮かんだことを、これにどんどんメモしています。最近「少しいい文房具で書こうかな」という気持ちになっていて、ほぼ日のキャップレス万年筆を使っているんですが、それとの相性がいいんです。もうひとつはRocketbook。これ、すごく便利なんですよ。書いたページをiPhoneのアプリでスキャンすると、データ化して連携先のクラウドサービスに保存してくれるんです。しかも、フリクションのペンで書くので、ウエットティッシュで拭けば半永久的に使える。取材のときにはこれにたくさんメモを取って、そこから文章に起こします。

本当は日中に原稿を書きたいんですが、メールが来るたびに作業がストップしちゃうので、夜中に家で書くことが多いですね。いざ「書く」と決めたら、まずは子どもが散らかしたおもちゃを片付けたり、テーブルの上を整理したりして、環境を整えます。それから飲み物を用意します。だいたいコーヒーかコカ・コーラ ゼロか宇治抹茶なんですけど、氷を何種類か用意したり、ちょっといいグラスを使ったりと、物にこだわってます。

実は、書くのがすごく遅くて。note※1はだいたい1800文字ぐらい、その他の媒体で書いているコラムも1000〜2000文字の範囲なんですが、どんなに頑張っても1本書くのに5〜6時間ぐらいかかる。今までそんなに「書く」という習慣がなかったので、慣れてないんですね。前に「しゃべったことを文字起こしした方が楽なんじゃないか」と思って音声入力を試してみたんですが、全然ダメでした。なかなか書けずに締切を過ぎてしまったときは、「体調が悪くて……」と仮病を使ってしまうこともあります。がん患者に「仮病じゃないか」とは言いにくいから、皆さん原稿を待ってくれるんですが、それもいかがなものかと思って、早く書くコツをいろんな人に聞いてみたんです。そしたら「1回頭の中のことを出すといいよ」と言われたので、最近はこの方法を真似しています。

※1 文章、写真、イラストなどのコンテンツを投稿し、販売もできるウェブサービス。

写真家には文章力も必要

僕は写真を撮ったときに、そこに文章をつけたいんです。Instagramとかに写真だけをアップする方が楽なのかもしれないけど、それだけじゃ伝わらないこともあると思う。たとえば子どもの写真にしたって、子どもが好きな人が見る場合と、子どもが嫌いな人が見る場合では受け取り方が全く違ってきますよね。つまり、写真だけだと見る人の価値観や経験で見え方が変わっちゃうんです。そうすると、その人のフィルターだけを通して拡散していっちゃう。そうならないように、写真家自身が「自分はこう考えてます」っていうのをわかりやすい文章で説明する必要がある。相手の理解力に期待するんじゃなくて、自分の説明力を高めた方がいい。どんな文章をつけるかで写真の印象ってガラッと変わるから、そういう意味では写真より言葉の方が大事だと思ってます。

短くまとめることの難しさ

文章を書くときは、「見やすさ」を大事にしています。「見づらい」という理由で読んでもらえなかったら、意味がないですから。たとえば、自分のがんの状態をチェックできるサイトがあるとします。書かれている情報が有益だとしても、文字が全部詰まっていて改行がなかったら、見づらくて読む気にならないですよね。逆に、ブログなんかでよく見る、ものすごくたくさんの改行を入れている文章も読みづらい。こうならないように、たとえば「漢字を続けて使わない」といったことを心がけて書いています。あと、僕の場合は文章の合間に写真を入れるので、そこで少し切り替えられる。写真は句読点のような役割として、文章を区切りたいときに使っています。

文章を書く仕事が増えてから、気づいたことがあります。それは、「文章と写真は似ている」ということ。たとえば、伝えたいことがあるときに、「何文字でも使っていいよ」と言われたら誰でもできる。いかに削りながら、なおかつ必要最低限のことを伝えられるか。これって写真も同じなんですよ。「写真を撮って説明してください」と言われたときに、何枚も出すんじゃなくて、一枚だけ出すことに技術が必要なんです。文章も写真も、短くまとめるほうが難しい。短いと誤解を生むことも多々あるので、そこは気をつけなきゃいけないなと思っています。

最近、人の書く文章が気になるようになりました。noteでも「#旅行」とか「#写真」とか人気タグを選んで、その上位にいる方の記事を読んでいます。そもそもnoteって文章力の高いクリエイターが多いんですが、中でも上位にいる方たちの文章はとくに面白いですね。

応援してくれる人、攻撃してくる人

noteには「サポート機能」というものがあって、ユーザーがクリエイターの投稿した記事に対してお金を払って応援できるんです。僕は無料でnoteを公開しているんですが、中にはこの機能を使ってくださる方もいます。金額はそれぞれのユーザーが自由に決められるので、100円の方もいれば1万円の方もいるんですが、たくさんの方々が応援のコメントと一緒にサポートをしてくれて。これには驚きつつも、考えさせられますね。

こういうポジティブな反応がある一方で、Twitterで攻撃的な返信をしてくる人もいます。そういうときでも、丁寧な返信を心がけています。第三者も見ているものだし、なるべく誠実に接したいんですよね。ただ、場合によっては即ブロックしてしまうこともありますよ(笑)。あと、SNSで書いたことって何年も残りますよね。僕には今2歳の子どもがいるんですが、たとえば10年後、12歳になったときに僕のTwitterを見て、自分の父親が他人を口汚く罵ってたら嫌でしょう。逆に、僕を攻撃してくる人に対しても「もしこの人に子どもがいるとしたら、今はその子どもには見せられない姿を出してるんだな」と思うと、何も感じなくなる。でも、ときどきすごくムカつくこともあります。そういうときにどうすればいいか、同じような経験をしている人に相談したら、「投稿はしないけれど、1回文章にする」と言われました。実際にやってみたんですが、確かに文章にするだけで気持ちがぐっと楽になりました。

がんになって、いろんな方から意見を言われることが増えました。本当はひとつひとつに返信したいんですが、量が多すぎて対応できない。だから「そういうことではないんです、これこれこういう理由があるんです、だからこう思うんです」という反論に近いものを、誰にも見せずに同じテキストデータに上書き保存しています。自分ではこれを「デスノート」と呼んでます(笑)。

機能がないからこそ、使いやすい

stoneを使い始めたのは、昨年の12月頃です。11月にがんが見つかって、12月に入院したんですが、そのときに、「これからは仕事で撮影をする機会が減るだろうな」と思ったので、文章の方にシフトしていこうと思って、ライティングソフトを探していたんです。stoneを知ったとき、最初は「3000円もするのか」と思いました(笑)。でも、「NDC(日本デザインセンター)が作ったテキストエディタだし、きっといいものだろう」と思って買いました。実際に使ってみたら、やっぱりよかったですし。

とにかくシンプルなところがいいですね。以前は他のテキストエディタを使っていたんですが、機能がたくさんありすぎて、手に余ってしまって。僕も含めて、写真ばっかりやってる人たちって、Photoshopや現像ソフトは使えるんですけど、普段あまり使わないツールだと途端に役立たずになるんです(笑)。でも、stoneはほとんど機能がないし、説明がいらないぐらい簡単じゃないですか。だから楽なんですよ。もし複雑な設定が必要だったら、多分使ってなかったと思います。

最近はメールの返信ですらstoneに下書きしてコピペしています。TwitterやFacebookの下書きにも使ってますね。Facebookは、だいたい1回につき200〜400文字で投稿するんですが、stoneは文字数がずっと表示されているので数えるときに便利なんですよ。メールの返信なんかは直接書いた方が楽かもしれないんですが、たとえばiPhoneのフリック入力に慣れると、ガラケーに戻れなくなるじゃないですか。感覚としてはそれに近くて、何でもstoneに統一しちゃってます。最近はなかなかまとまって原稿を書く時間がないので、なんだかんだ移動時間にも作業することが多くなっています。差し迫ったときは電車の中で書いたりもするので、stoneのiOS 版アプリが出たらうれしいですね。

「知ってほしい」という気持ちが原動力

僕は昔から「死ぬってなんだろう」ってよく考えていました。だから、自分ががんになって死ぬかもしれない状況になっても、さほど動じなくてすみました。「まあそうか」って。そういえば、この間ある有名なお医者さんと食事をしたときに、「人間の死生観は3歳ぐらいまでに育つ」という話を聞きました。「三つ子の魂百まで」って言いますけど、幼少期の経験である程度決まってしまうらしいんです。で、そのお医者さんに「3歳ぐらいまでに何か死に関する経験をしましたか」と聞かれて。ふと記憶を巡らせたら、御巣鷹山の航空機墜落事故のことを思い出しました。当時テレビでブルーバックに白い文字で犠牲者の方の名前がひたすら流れていたんですが、その記憶がすごく残っていたんです。死にまつわることに興味を持ち始めたのは、それがきっかけかもしれないですね。

以前狩猟をやっていたときに、その様子を写真に撮って、文章を書いていました。それは「狩猟を体験して人に教えてあげたい」「狩猟のことを誤解している人に知ってほしい」と思っていたからです。そのときと同じように、今度は「がんになったらどうなるか」ということを教えたいんです。たとえば、今緊急地震速報が鳴ってすごく揺れたら、全員この本棚から離れて、テーブルの下に入りますよね。なぜなら、震災を経験した人の話を聞いたり、子どものときから対処法を教えられたりしているからです。その一方で、がんになることや、がんで死ぬことについてはみんな考えていない。日本人の2人に1人はがんになると言われています。自分ががんにならなかったとしても、看病する側になるかもしれない。がんと関わらない人はほとんどいないから、少しでも多くの人に知ってもらいたいんです。正直、文章を書くのはたいへんな作業です。書いているときは逃げたい気持ちに駆られることもあります。でも、今僕がしている体験を知ってもらえるように、頑張って書くことを続けています。

BOOK SELECTION幡野広志さんがおすすめする5冊

『バガボンド』井上雄彦(講談社)

「主人公の宮本武蔵が、『強くなりたい』っていう一心で道場を破って、人を斬っていく。でも、最新巻(37巻)あたりで、『本当の強さというのは、誰かを倒すことではなく優しいことなんだ』と気づくんです。それがちょっと写真ににているんですよ。ある程度経験を積み上げていくと『上手くなっちゃいけないんだ、上手いってこういうことじゃないんだ』ってことに写真も行き着くんです。」

『ことば絵本 明日のカルタ』倉本美津留(日本図書センター)

「放送作家の倉本美津留さんが書いた本です。この本で僕が一番好きな言葉は、“キリンの特徴を首が長いいがいで答えるカッコよさ”。人とは違う視点を持って、人と同じ生き方をしないっていう生き方を子どもに教える本なんだけど、子どもに言っているようで、実は大人に伝えたいことなんだと感じるんですよね。息子を育てる僕が読むべき本だと思いました。」

『宮崎駿の雑想ノート』宮崎駿(大日本絵画)

「中高生のときに本屋で見かけて、当時の僕には値段が高くて手が出せなかったので立ち読みしていました。ジブリが好きで、『天空の城ラピュタ』や『風の谷のナウシカ』を何百回と観ているんですが、この本には一番好きな『紅の豚』の原作が載っています。セリフなどの文字も手書きだし、見ていてすごく楽しいですね。」

『かくかくしかじか』東村アキコ(集英社)

「東村アキコさんの自伝マンガです。通っている絵画教室の厳しい先生ががんになってどんどん弱っていっちゃうんですが、最後の最後まで主人公に『絵を描け』と言い続ける。健康なときは主人公の立場で物を見てたんですが、がんになってからは先生の立場になる。自分の環境が変わることによって、読み方まで変わった一冊です。」

『撮る人へ 写真家であるためのセルフ・マネージメント』安友志乃(窓社)

「写真を撮る人に必ず勧めている本です。初めて読んだのは10年以上前。当時の僕は写真のことをいつも考えていたけれど、その考えが正しいのかどうか自信がなかった。そんなときにこの本を読んだら、自分の考えていたことが答え合わせのように書いてあって、『間違ってなかった』と思えた。自分を肯定してくれた大切な本です。」

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